体感温度

外ではお日様がこれでもかと自己主張をする、真夏日。
『暑い』
と、彼女がぼやいたところで、一体なんの罪があろうが。
まあ、そうやってぼやいた彼女も
「いや、暑くないだろう」
そうやってつっこんだ彼も、
幽霊と不死者という特異体質のために温度なんて感じないのだけれども。
一言で切り捨てられて、マオは頬を膨らませる。
『暑いと思ったら暑いわ』
「へぇ」
あからさまに小ばかにした表情で、隆二が嗤う。
暑いわけなんて、ないけれども、
太陽がぎらぎらと輝くから、思わず衝動的に
『暑い』
呟いてしまうのだ。

 *

例えば、伝承のように、日が上がっているうちは外に出れないなんていう
難儀な体質ではないけれども、
やはり幽霊も不死者も昼というよりは夜の眷族なわけで、
「夏の昼間っていうのはいやだな」
外を歩きながら、隆二がぼそりと呟く。
暑さを感じさせないとはいえ、太陽の光はなんかまぶしいし、
すれ違う人々はどことなくやる気が無い。
『まったくだわ』
彼の首筋にしがみついたマオもそれには同意する。
『大体さ、夏バテっていうの?
みんなどことなく精気に欠けていて』
「ああ、まずいんだ」
マオにだけ聞こえるような声で呟く。
『そうなのよ!』
人の精気を喰らい、『男は嫌よ、まずいから』という理由だけで
わざわざ若い女性を狙う幽霊はこくこくと頷いた。
「でも、腹は減ると」
『だから、と言ってもいいけどね。
まずいおいしいっていう以前に、精気にかけているとやっぱり長持ちしない』
「なるほど」
彼女が『お腹がすいた』と訴えるから、わざわざ夏の昼間をこうして歩いているわけである。
不死者の癖に神山隆二は今日の夕方から夜にかけてバイトで、
だったら暇なこの時間に、というわけで物色しながら歩いているのである。
『あ、あの人』
そういってマオが一人の女性を指さす。
「決定?」
『うん』
これだけ一緒に居ると、なんとなく彼女の好みも読めてきて、
何はなくとも見目の綺麗な若い女性。
それも、どことなくキャリアウーマン調の女性。
いくら若くても女子高生は論外らしい。
それこそ、精気にあふれている方がいいのだろう。
意欲的に仕事をしているとか、そういう。
そんなことを思いながら、その美人でこの真夏にスーツを着て
忙しそうに足早に歩いている女性を目で追う。
店と店の間の、狭い抜け道。
丁度、彼女がそこに入った。
さりげない様子でその後を追う。
少し速度をあげて、気配を殺して。
すたすたと歩いていくその背中に、ごめんなさいと一回心の中で謝って、
とん、
その首筋に軽く気を当てて、気絶させた。
「ほら」
マオはいつものように、僅かに眉をひそめて食事に取り掛かる。
人がこないように注意を払いながら、女性の落とした鞄を拾う。
落とした拍子に出たらしい大き目の封筒を拾い上げる。
「千葉地方裁判所」
そこに書いてある文字を小さく声にだして読み、
それから片手で支えている女性のスーツに目をやる。
「……弁護士、か」
襟元のバッジをみて呟く。
『隆二』
「あ、もういいのか?」
『うん、ごちそうさま』
そういってマオはその女性に頭を一度下げ、
『この人、弁護士なの?』
「みたいだな」
頷き、同じように飛び出した携帯電話を拾い上げ、
ブルルル
「うわ」
突然鳴り出したそれに驚き、
「あ。」
思わず通話ボタンを押してしまった。
『あーあ』
「……これって、どうすればいいんだ?」
『知らないわよ』
機械に滅法弱い彼は、しょうがなくそのままケータイを耳に当て
「何処ほっつき歩いてるんですかこの不良弁護士っ!
千葉での仕事が終わったならとっととこっちに戻ってきてくださいよ!
まだ横浜での仕事残ってるんですから!
以上っ!!」
電話は一方的にそういって、切られた。
隆二はそれを見つめて、
倒れている女性を見つめて、
今、自分のいる場所と横浜との位置関係を思い浮かべて、
「……」
しばし悩むと、
「あの」
女性に声をかけた。
『あら』
マオが少し驚いた顔をした。
「……大丈夫ですか?」
「……え、あれ??」
女性はゆっくりと目をあけ、周囲に目をやり、……顔をしかめた。
それは当然の反応だと思う。
我ながら白々しいぐらいの人のよさそうな笑みをうかべ、
でも心配そうにその女性に尋ねる。
「大丈夫ですか?」
「え、あ、はい??」
女性は目の前の見知らぬ男に不審そうな顔を向ける。
「道を歩いていたら、前を歩いていた貴女が急に倒れかけるからびっくりしました。
平気ですか?夏バテか何か……ですかね?」
女性は頭に手をあてる。
彼女の意識がしっかり覚醒したのを見届けると、ゆっくりと離れる。
「え、えっと……、かもしれません」
「ならいいんですけど。
ゆっくり休養をとった方がいいですよ」
先ほど少し精気を頂きましたし、と心の中で付け加える。
「え、あ、はい。すみません」
彼女はそう言いながら、ゆっくり立ち上がる。
ふらついたりしないのを確認すると、彼女は鞄を持ち、隆二に頭を下げる。
「あの、助けていただいたようでありがとうございます」
「いいえ。別に。
それよりも、すみません。
さっき、咄嗟に電話に出てしまって」
そういってケータイを差し出す。
「なんか、女性の声で早く戻って来いって言って切れちゃったんですけど」
「え」
慌てて彼女はケータイを取り出し、
「あー、そうですか。すみません」
「いいえ、こっちも勝手に電話に出てしまって。
出来ればその電話の方に迎えに来ていただければいいんですけど」
「大丈夫ですよ。あとは電車に乗るだけですから。
本当、ありがとうございました」
「いいえ」
「あの、何かお礼」
「いいですから」
段々、笑みを浮かべるのにも疲れてきた。
「急いでいるのでしょう。はやく行ったほうがいいですよ。
それじゃぁ」
有無を言わせずそういうと、彼女はちょっと悩む顔をしてから、
「本当にありがとうございました」
もう一度頭を下げて、駆け出した。


『良心が痛む?』
「……そんなものがあるなら、少しだけな」
そういって走り去った方を見る。
倒れる原因を作ったのにあんなに謝られてしまっては。
『良心が痛んだから、あの人を起こしたの?
何時もは放っておくのに』
「まあ。
夏だし、忙しそうだし」
『そうね』
そういってマオは隆二の首筋にまたくっつく。
それを確認してから、女性が走り去ったのとは別の方向へ歩き出す。
「それにしてもまぁ」
太陽を睨みつけながら呟いた。
「暑い」
『暑いわけないでしょ』

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