夏バテにはご注意を

もう、嫌になっちゃう。

ばたばた走りながら、私は心の中で毒づいた。
なんで、こんなことになっちゃうのよ!


千葉地方裁判所での仕事だった。
もっとも、それ自体はやっぱりすぐ終わったんだけど。
それで、今度は事務所のある横浜へ帰っての仕事……、だったのに。



「……大丈夫ですか?」
「……え?あれ??」
気付いたら、知らない男の人が心配そうに尋ねてきた。
夏ばてかなんだかわからないけれども、歩いていて途中で倒れたらしい。
うわぁん、もう、恥ずかしいし、それどころじゃないし!
亜由美ちゃんからは「早く帰って来い」って電話来たし、
しかもそれを出たのは私じゃなくてその男の人で、ああもうっ!
弁護士の仕事は走ることだ、とはよく言ったものだと思いながらも、
ちょっと泣きそうになりながら、角を曲がり、
「あ」
「え?」
ばんっ!
同じように角を曲がった自転車にぶつかった。
「うー」
ああ、なんてついていないの、今日。
確か、占いでは1位だったのに。
ぶつぶついいながら立ち上がる。
「あ、あの、すみません!大丈夫ですか!!」
自転車に乗っていた女の子が、慌てて駆け寄ってくる。
「あ、大丈夫ですよ」
そういって立ち上がり、スーツについたほこりを払う。
「すみません!急いでて」
「いえ、それはこちらも一緒だから」
女の子、多分大学生ぐらいだと思うんだけれども、困ったように頭を何度も下げる。
「そんなに謝られても」
言ってから、時計を見る。
うわ。
「ご、ごめんなさい。私急いでるんでこれで。
すみません、本当」
逆にこっちが頭を下げて、もう一度走り出した。
間にあうのかしら?
不安になってきた。

 *

「疲れた」
一日が終わり、私はベッドに倒れこんだ。
自分の家の、ではなく
「お疲れさま」
苦笑している慎吾の自宅の。
理由は単純。
うちのクーラーが何故か壊れているから。
修理に来るのは明後日で、それまでどうしろと?
暑くて寝れない。
そんなわけで昨日から、ここに泊り込んでいる。
「なんか散々だったみたいで」
ベッドの脇に腰掛けて、彼が笑う。
ちなみに結局、タクシーも使って間に合わせた。
「でも、倒れたって……平気?」
顔を向けると、彼は私の額の髪の毛をかきあげる。
時々、こういう本当に心配そうな顔をする。
それが、妙に嬉しい。
「平気。あれから何にもなかったし」
「無理はしないように」
そう言って彼は笑い、
私の頬に手を移し、

ぴぃぃー

電子音が響いた。
「あ、鍋」
ゆっくりと近づけていた顔を急速に離し、
彼は立ち上がると台所へかけていく。
ちなみに、彼はご飯を何故か土鍋で炊く。
炊飯器は一応、あるのにも関わらず。
その所帯じみた情けなさに、私は苦笑して、
「さて、と」
着替えるために立ち上がった。

ああ、明日も暑いだろうけれども、頑張ろう。

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