記憶

ああくそぅ、暑いなこのやろう。
むしむししてるっていうかむわってしているっていうか、
どうせ暑いならからっとした暑さを保てよ。ちくしょう。
そんなことを思いながら、俺はてくてくと見慣れない街を歩く。
年に2回の見回りの時期だから、全国津々浦々だ。
北は北海道から、南は沖縄まで。
って、日本は東西に長いからこの言い方ってあっているんかね?
いや、別にどっかのくそやろうみたいに一度にまとめないで
こまめに見回りしてもいいんだが、そういうのは俺には似合わないし。
ああ、自分のキャラクターぐらい自覚しているさ。
ああくそう、暑いなぁ。
しかし、これでやっと残すこの東京と千葉と神奈川だけだし。
正確に言うと、東京支部にはさっき顔だしてきたから、あとは千葉と神奈川だけだ。
ちくしょう、憂鬱だなぁ。
東京支部の支部長を任せている魔女には
「武蔵様、もう少しこまめに顔を出していただきたく云々」とか長々と説教されたしなぁ。
東京だけじゃない、どこに言ってもそういわれる。
いいじゃんかよ、別に。上手くいってるんだから
ああ、早く埼玉に帰りたい。
そういえば、今ではすっかり埼玉に居座っているが昔はそうでもなかった。
それこそ全国津々浦々に色々な場所を渡り歩いていたもんだ。
それがどうして埼玉に居座るようになったかって、まぁ考えなくても理由は明白で、
あの甲斐梓の子どもが生まれたからだ。
そして、俺がその子どもの面倒を見ることになったからで。
いや、正確に言うと面倒見てたのは俺じゃないけど。
子ども世話なんてみたことないし。
ああ、上総元気かなぁ。
あのくそやろうが余計なことしてないといいが。
まぁ、あのくそやろうは年がら年中余計なことをしているが、
どういうわけか上総にだけは甘いし。
ああくそぅ、暑いなぁ。
我ながら上総にどうしてあんなにも執着するのかわからない。
それは、あのくそやろうも一緒だが。

前から歩いてきた若造が俺をじっと見てくる。
あ?なんだよ。気持ち悪いなぁ。
うわ、薄く嗤ってんじゃねぇよ、気持ち悪いなぁ。
暑さで麻痺した思考回路は攻撃的なんだ。
っていうか、あれだ。
聴覚とか視覚とかそういうピンポイントに優れた肉体じゃなくて、
どうせなら暑さなんか感じない方がよかったんだよ。
ああくそぅ、暑いなぁ。

そこまで考えて、立ち止まり、先ほどの若造を振り返る。
後姿しか見えないが、確かいつかあった気が。
……いつだったか?
「カァ」
近くのデパートの屋上で、からすが鳴く。
ああ、小次郎、心配しなくても大丈夫。
もう一度歩き出す。
いつだったか?
そうだええっと、
他にもう一人男とあと女がいて、三人でしゃべりながら歩いていた……気がする。
あれ?あれは違う人間だったか?
だけど、こうやって少しでも覚えているからにはなんらかのインパクトがあったわけで、
……ああ、少し思い出した。
確かそのときもあの若造ともう一人の男は俺をじっと見てきたんだ。
なんだよ、思い出しても気持ち悪いなぁ。
ああ、でも、別人なのかも。
だって、あれ、確かすっごい前だし。
まぁ、いいやどうだって。
他人のことなんて、気にしてもしょうがない。
覚えておきたいことだけを、覚えておけばそれでいい。
覚えておきたいことを忘れないように、要らない記憶は消してしまえばいい。
覚えておきたいことの筆頭に、あの母娘がいることは我ながら、嗤ってしまうが。

ああそれにしても、
「暑いなぁ」

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