猫と彼女


「おいでおいで」
人間の、それも若い女というものはどうしてこうなのだろうか?
それでも、素直にその伸ばされた手のほうへ歩いていく。
「にゃー」
そういって鳴いて見せれば、可愛いと言って抱き上げる。
生まれてからずっと何度となく繰り返されてきたこと。
ただ、そのとき違ったのは
「野良……じゃないね、きっと」
「ええ、野良じゃありませんよ」
呟かれた娘の言葉に相模様が返事をしたこと。
私はびっくりして相模様を凝視する。
そんな気まぐれ、今まで起こしたことなかったのに。
いつもは私が解放されるのを離れたところで無関係な顔をしてみているだけなのに。
二人は少しばかり話をして、そのあと娘の連れが来たので別れた。
「出過ぎた真似かと思いますが……どういう風の吹き回しですか?」
「出過ぎた真似だと思うならば控えたらどうだ?」
「……失礼しました」
「別に、ただの気まぐれだ」


あれは、今からどれぐらい前だろう?
その後も、相模様のあんな気まぐれを見たことは無い。
「おいでおいで」
例えば、今でも。
制服を着た娘が、こちらに手を伸ばしてくる。
上総様と同じぐらいの年。
素直に歩み寄れば、何時もと同じように可愛いという言葉。
やれやれと思いながら、にゃーと鳴いてみせれば、頭を撫でられる。
「朝陽さん」
少し離れた場所で、こちらも同じ制服を着た娘が言った。
「あ、はーい」
娘は私を地面に降ろすと、ばいばいと手を振ってかけていった。
「……いつもごくろうなことだね」
その後姿を見送っていたら、相模様が寄って来た。
見ていたならば、助けてくださればよかったのに。
「相模様」
「なんだい?」
私は近くに止めてあったバイクに飛び乗りながら尋ねる。
「覚えていらっしゃいますか?
以前、私が同じような状況に陥ったとき、一度だけ、
その娘に話し掛けたことがあったのを」
相模様はヘルメットをかぶりながらしばし黙考し、
「そんなこと、あったか?
いや、シオンが言うならば間違いは無いと思うが……
それが、どうかしたか?」
それをきいて、ああやはりあれはただの気まぐれだったのか、と思った。
「いえ、覚えていらっしゃらないなら結構です。
少し、思い出しただけなので」
相模様はそうか、とだけ呟くとエンジンをいれた。
「上総様のところですか?」
「ん、ああ」
ヘルメットをかぶっているので相模様の顔は見えない。
尤も、見えたところでその表情からは何も伺えないが。
いったい、いつもどんな気持ちで、上総様のところに行っているのだろうか?
そんなことを思う。

ふわぁ
思わず、一つ欠伸をすると、相模様が笑った。
何時ものように相模様の足の間で丸まり、目を閉じる。
いい加減なれたもので、この乱暴な乗り物でも眠れるようになった。
猫は、思考するのには向いていないのだ。

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送