夏ボケにはご注意を


お盆も間近のこの真夏日。
お盆は法廷も休みだからどこか皆気だるげで、
こんなときに判決言い渡しだ何てかわいそうだなぁとか少しばかり被告に同情した。
執行猶予中の窃盗事件。
生活費に困ったから民家に進入し、現金数万円を盗みましたなんて、そんなしょうもない。
働きもしなかったくせに、生活費に困ったとか言うなって。
確かに前科者に世間の風当たりは冷たいけれども、そもそも就活しないで職にありつけると思うな。
アルバイトぐらいしないさいよ。
ああ、こんなこというから頭が固いとか思われるんだろうけど。
そんなことをつらつらと思いながら、裁判長の入廷を待つ。


ふと、視線を感じて傍聴席を見ると、なんだか凄い形相で一人の女の子がこちらを見てきた。
制服から察するに高校生だろう。
ああ、またこの子か、と思う。
どういうわけか、初公判からずっといるんだけど、なんなのかしら?
ちょっと怖いんだけど。
彼女のとなりの子は舟を漕ぎ出している。
でも、時々はっと目を覚まして、
自分は寝ていないと主張するかのように座りなおすのが可愛らしい。
それにしても、アンバランスな組み合わせね。
女子高生はこちらを睨むようにしてみてくる。
誰かに、似ている気がした。

 *

「ああ、そっか」
思わず小さく口にだした。
帰り道、すっかり暗くなった道を歩いていたら唐突に思いついた。
先ほどの女子高生が誰に似ているのか。
今は弁護士の硯さんだ。
あの娘が弁護士になる前には、あんな顔をしていた。いつも。
きっと、前だけを見据えて、
絶対に、何が何でも、自分は弁護士になるのだと、
体全体で主張していたあのころの硯さんに。
軽く唇をかんだあの顔、そっくりだった。
検事になりたいのか、弁護しか、裁判官か。
いずれにしても法曹三者になりたいのだろう。
頑張って欲しいものである。
でも、あまり頑張りすぎない方がいいと、忠告したい。
硯さん、彼女は一度も弱音をはかなかった。
でもそれは、はけなかったのであり、弱音をはくことを自分に許していなかったから。
だから、はたから見ていて彼女はとても追い詰められていた。
勿論、……彼女よりも年上の私の方が追い詰められては居たのだけれども、
それはともかくとして、それとはまた違った意味合いで。
背負っているものが違うから。
……人から聞いただけの私が、訳知り顔をするのは違うと思うけど。
彼女は弁護士になりたかったのではない、ならなければいけないと思っていたのだ。
だからあんなに自分を追い込んでいた。
幸いにして……と言っていいのかどうかは非常に疑問だが、
彼女にはあの似非探偵がいた。ああ、あのころはまだ探偵じゃなかったけれども。
だから、彼女は頑張れたのだと思う。
でも、それでも見ていてとても危なかった。
だから、あの女子高生にもそんなに無理をするなといいたい。
そう思いながらも、いつか法廷であの子と会うことがあったら楽しいだろうなぁと思った。


「はははははははっ」
そんな愉快とも不愉快ともとれる笑い声が聞こえてきたのは徒然にそんなことを考えていたときで、
「?」
甲高いその笑い声は確実に後ろから迫ってくる。
こんな夜にそんな笑い声を立てるのはいったいどんな人間かと思い、
眉をひそめてその姿を見極めようと後ろを向き、
「はははははははっ」
「はいっ?」
そこにあったのは一台の自転車で。
そこにはだれも居なくて。
自転車は笑い声をあげながら、誰も乗せないで走り去っていった。凄いスピードで。

沈黙。

ドップラー現象を残して立ち去った自転車をただ、呆然と見送る。
ああ、私、疲れているのかしら?
暑いし。
きっと、そうだ、そういうことにしておこう。
そうやって自分を慰める。
だって、誰も乗っていない自転車が笑いながら猛スピードで走るわけないじゃない。
きっと、誰かが乗っていたのに気付かなかったんだ。
じゃなかったら、あれ自体幻だったとか。
はやく帰って寝よう。
そう結論付けて、私は家路へと急いだ。

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