暴走自転車の怪


「なんで直純さんなんですか」
「ご挨拶だなぁ、翔君」
巽翔はこれ見よがしにため息をつき、隣の男に言った。
「一海との合同だっていうから、てっきり円さんが来るのかと」
「期待に添えなくて悪かったな」
一海直純は思いっきり眉をひそめて言った。
「……。円は用事があるんだと」
「……そうですか」
直純が一拍の間を置いていった言葉に、翔はその予定の大体を悟った。
つまり、男がらみだと。
「……そう落ち込むな」
「直純さんに言われても」
「どういう意味だ」
「そういう意味です」
「片思い仲間じゃないか」
「正直、直純さんと仲間にはなりたくないです。
というか、榊原と同盟組んでるんで」
「……ほぉ」
わざとお互いを挑発するようなことを言いながら、二人は夜の町を歩く。
その内容が恋愛がらみというのが、些か明るすぎる気もするが。

 *

一海と巽の合同捜査。
数日前から出没する暴走自転車を調べるもの。
夜中にははははっと愉快なんだか不愉快なんだかわからない笑い声をあげて
猛スピードで走りさる自転車を調べろ、と。
なんだ、その愉快なんだか不愉快なんだかわからない存在は。
翔は最初、巽の宗主……つまり父親から聞いてそう思った。
それでも、素直に引き受けたのは一海との合同捜査だからで。
絶対に、あちらも宗主の娘をだしてくると思ったからだ。
愛しの愛しの一海の女王様、を。
それがまさか、馬の合わない一海直純を出してくるとは思わなかった。
一海円が女王ならば、一海直純は騎士だ。
王だとか王子だとか、そういう柄ではない。
そして、巽翔は知っていた。
一海の女王が呼ぶように、自分がお坊ちゃまでしかないことを。

 *

「しかしまぁ、そんな奇怪な自転車が本当にいるのかね」
「さぁ?まぁ、夏ですし」
「ああ、そうだな。夏だもんな」
怪談の季節、夏。
些か仕事は多くなる。
「しかし、夏だからと言って……」
「はははははははっ」
愉快なんだか不愉快なんだかわからない笑い声が直純の言葉をさえぎった。
二人は顔を見合わせると、そのまま走りだした。


「当たりだとは思いませんでしたよ」
「俺もだよ。
っち、声はするのに姿は見えないな」
「資料によると、猛スピードで移動しているそうですからね。
先回りするぐらいじゃないと」
「普段はどこで消えるんだったか?」
「高層ビルですよ、ほら、あそこの。
あの下でいつもは姿を消すらしいですけど、
っていうかそれぐらい覚えておいてくださいよ」
翔の文句に耳を貸さず、直純は
「じゃぁ、あの手前で待ち伏せするか」
そう言ってスピードをあげた。
「人の話ぐらい聞いてください。まったく
一海の血筋なんですか?話を聞かないっていうのは」


 *

「ところで直純さん」
その、ビルの少し手前辺りで待機しながら翔が聞いた。
「どうするつもりなんですか?」
「どうするって?」
「僕は巽の人間ですから、本来ならば容赦なく祓います。
ですが、これは一応合同捜査なので一海の意向も伺おうかと。
あの自転車がここに来て、そしたら、どうしますか?」
「……話して」
「話が通じると?」
「……いや、わからない、な」
一海直純は巽翔が苦手だった。
それはこの、冷酷ともとれる目だった。
じっと、こちらを見てくるその目が、小さいころから苦手だった。
自分の方が、ずっと年上だというのに。
睨むわけではない、たたみるだけ。
それでも、にらまれたような気分になる。

「はははははは」

遠くから、あの笑い声が聞こえてくる。
「答えを出してください」
そうしないと、力ずくで祓うとその目が言っている。

「はははははは」

なんて不愉快な笑い声だ。
直純は心の中で吐き捨てた。
考えがまとまらないじゃないか。
一海の方針としては、出来るだけそのものの未練や望みをきいて、
それを取り除くことで自主的に還ってもらうこと。
だけど、あんな不愉快な笑い声だけをあげている自転車に、
話なんか通じるのか?
未練も何もわからないのに?
そもそも、なんでいるのかもわからないのに?

「はははははは」

ああ、五月蝿い。
一海の本家の人間としては、試さないで逃げるなんてことできない。
出来ないが、話し合いを試そうとしている間に
この巽翔という人間はあの自転車を祓おうとするだろう。
そういう人間だ。彼は。
最近、以前よりも話が通じるようになったから忘れていたけれども、
そういう人間だ。
人外のものを嫌っている節がある。
潔癖なまでに遠ざけようとしている。
こうやって、直純に考えを聞いているだけでも大人になったというものだ。

「はははははは」

だから、五月蝿いっつーの。

「直純さん」
必死に宙を睨んで考えていた直純に、翔は無表情に告げた。
「タイムリミットです。
答えは出ましたか?」
翔は身構えながら、予想以上のスピードで迫り来る自転車のライトを睨んでいた。
直純はそれを見て、半ば捨て鉢に叫んだ。

「止まれっっ!!」

翔よりも一歩前に出て。
両手を広げて。

「直純さんっ」
翔が僅かに慌てたような声をだした。

「はははははははは」
自転車は止まる気配を見せない。


「いいから止まれーっ!!」


「ははははは」
もう、自転車は目前で、

「すみません」

「っ」
突き飛ばされた、
直純がそう感じた次の瞬間、
がっしゃんっ!!
何かが倒れる音。

「はははははは」

体を起こして目を凝らすと、地面に蹴り倒された自転車がそれでも笑っていた。
その姿に、一瞬ぞっとした。

「これでも、まだ話が通じるとお思いで?」
自転車の足で押さえつけるようにしながら、翔が馬鹿にするように笑った。
そしてそのまま、持っていたお札を自転車に押し付けた。

「……」

その顔が、一瞬だけ歪んだような気がしたのは、きっと光の加減だと直純は信じた。

 *

「これは僕がとりあえず持って帰りますので」
ただの自転車になったそれを起こしながら翔は言った。
「……ああ」
「それでは、失礼します。
報告書は、明日辺り事務所のほうへ持っていきますんで」
そういって翔は一礼して、自転車を押しながら歩いていく。
直純は何も言わないでその背中を見送った。
突き飛ばされたときにうった、右腕が痛いと思いながら。

「あ、そうだ」

途中で翔が振り返った。
「さっきは突き飛ばしてしまってすみませんでした」
それだけ言って、直純の返事も待たずに、また歩き出す。
少し驚いて、直純は翔を見た。
振り返らない。
そして、その姿が角を曲がって消えたときに、

ふぅ、

一つため息をついた。
妙に疲れた。
これが円や沙耶だったら、もっと上手く出来たのだろう。
少なくとも、突き飛ばされるなんていうことはなかったはずだ。
一海の女王と姫を思い浮かべて、騎士は情けない笑みを浮かべた。

「はははは」
愉快とも不愉快とも思える嗤い声をあげて、
一海直純は、
一海の騎士は、
宙を睨んだ。

 *

本当にこれでよかったのか。
そう思った。
この自転車に憑いていたのがなんなのか、彼は知らない。
それでいいと思っていた。前は。
今は、どうだろう?
少なくとも、少し気になっている。

もし、円や沙耶だったら、翔の暴走を防いで、
なおかつ自転車の未練を聞いてくれたことだろう。
少なくとも、直純を突き飛ばすなんていうことはなかったはずだ。
一海の女王と姫を思い浮かべて、お坊ちゃまは情けない笑みを浮かべた。

「はははは」
愉快とも不愉快とも思える嗤い声をあげて、
巽翔は、
巽のお坊ちゃまは、
宙を睨んだ。

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