小春日和の夏


喫茶店、Indian summer。
日本語にすると「小春日和」
「日本語であっても、英語であっても、
本来の季節“冬”を感じさせないところが回りくどくていいわよね」
Indian summerの常連客、甲斐上総はそういいながらアイスティーに口をつけた。
「mild autumn weatherともいうらしいよ」
Indian summerのマスター、小春夏彦はそう答えた。
「どちらにしろ、冬じゃないのね」
「それはまぁ」


「マスター、ご馳走様〜」
「ああ、はいはい」
目の前にある、和浦高等学校の制服を着た生徒が近寄ってきて言う。
「ケーキセットで……、530円ね」
「はーい」
そんなやりとりを横目で見ながら上総はチーズケーキにフォークをさした。


「ご馳走様」
「はい」
見慣れない制服を着た女子生徒がそういって勘定をすます。
ちりん、
鈴を鳴らしてその女子生徒がドアから出て行くと上総は首を傾げた。
「あの子、どこの子かなぁ?」
「さぁ?知らない制服の子だけどね」
「珍しいね、そういう人がくるって」
ほぼ和浦高校の関係者だけで成り立っている喫茶店のマスターは苦笑した。
「まったくだよ。
……ああでも、この間もきたよ、見たこと無い人が」
「へぇ」
「20代前半かな?
それぐらいの人だったが、ちょっと変だった。
豆は何を使っているのか、とか事細かに聞いてきて」
話しながら小春は眉をひそめる。
「……それは変だわ、珈琲マニア?」
「さあ?
こっちがわからないようなことまで聞いてきて、正直泣きそうだった」
そういっておどけてみせる。
つられた上総も笑った。
「それにしても、夏休みは商売あがったりだ」
「皆休みだもんね〜」
「上総ちゃんみたいに用事も無いのにここまで来てくれる人も居るけど」
そういうと上総は少し頬を膨らませた。
「違うわよ、あたしは図書室に用があったの」
「涼しいから?」
「……そうだけど」
小春は少し笑った。
「一時期は野球部がよく来てくれたんだけど
負けちゃってからは、ねぇ。
三年生とかはもう引退だしさ。
頼みの綱は、文化祭の準備の人間かな」
「お盆はお休み?」
「誰も来ないだろうしね、さすがに」
「ふーん」
チーズケーキの最後のひとかけらを口にいれながら上総は相槌をうった。
「……。
あたし、夏休みって嫌い」
カウンターにつっぷして、上総が呟く。
「え?」
「夏休みなんて、つまらないもの」
「……」
「早く終わればいいのに」
「みんなとでかけたりは?」
「三浦殿は部活だし、主はおばあちゃん家だって」
「そっか……」
何処にも行くあてのない少女は拗ねたように唇をとがらせた。
「夏休みなんて、本当嫌い」
沈黙。
居た堪れなくなって小春は何でもいいから何かを言おうと口を開きかけ、
ちりん、
「あ、いらっしゃいませ」
入ってきた客を見て、少し微笑んだ。
「こんにちは、
やっぱりここにいたんだ、上総ちゃん」
相模はそう言って、上総に笑いかけた。
まだカウンターにほっぺたをくっつけたまま、上総は不機嫌そうに言う。
「北海道じゃなかったっけ?」
相模は上総から3つほど離れた席に座り
「今日帰ってきたんだ。
あ、小春さんこれお土産」
カウンター越しに小春に紙袋を渡す。
「ああ、ありがとうございます」
「いつも上総ちゃんがお世話になってるから。
……で、君は一体何をすねてるんだい?」
「別に、なんでも」
そういって、まだ頬を膨らませながらも上総は起き上がる。
「相模も来ちゃったし、あたしはそろそろ帰る。
春ちゃん、お勘定」
「はいはい」
そのままお金を払って出ていく。
ドアからでる瞬間、ちらりと相模の方を見た。
少しだけ、笑っているように小春には見えた。


「我が儘な子で迷惑をかけるね」
そんな上総の様子に苦笑しながら、相模が言う。
「いいえ」
いつも通り、二人の関係を訝しく思いながらも小春は首を横に振った。
「上総ちゃんが来てくれるから、
経営不振に陥らないし、楽しいし、いいですよ」
「なら、いいんだけどね」
そういってから相模は、何も頼んでいないことに気付き、
「カフェラテもらえるかな、アイスで」
小春は、営業用の笑みを浮かべて応じた。
「かしこまりました」

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