甘いのがお好き


神坂英輔は甘いものが好きである。
むしろそれらが彼の主食だと言い換えても構わない。
特に食べる必要性のない彼の不死者という特異体質上、
彼は自分の好きな甘いものばかりを食べつづける。
それでよく太らないものだ、と最近ちょっと体重を気にし始めている
エミリという女の子に言われた。
太りたくても太れないのだというのが彼の言い分。
そもそもこんな体にしたのは君たちじゃないか。
そうは思っても、好きなものだけ食べられるこの体を
彼は特別嫌っているわけではない。
むしろ、割と好意的に受け止めている。
閑話休題。
彼はどこから仕入れてくるのか、美味しい店の噂を拾ってくる。
東にケーキの美味しい店があると聞けば跳んでいき(割と文字通り)
西に美味しい大福があると聞けば走っていく(文字通り)
それを買う資金が一体どこから出てくるのかというのも疑問だが
(悪銭身につかずってことのことだよね。
手に入るとすぐにお菓子に使っちゃう)

そして彼は、美味しいあんみつを食べさせてくれる店があるというのを聞きつけ、
はるばる広島からここ東京まで来たわけである。
(とにかく紅葉饅頭が食べたくなってさ)
路地裏にある、少しレトロ……といえば聞こえのいい店。
「甘味処 大和撫子」
彼はその看板を見ると躊躇いもなくドアをあけた
(彼が人生において躊躇ったことは多分ない)
ちりん、
ドアについた鈴が小さくなった。
「いらっしゃいませ」
えび茶式部の制服を来た店員が言った。
店内には男女の組み合わせと、それから男一人が二組いた
(自分のことを棚にあげて、寂しいやつらだな、と英輔は思った。
男一人で甘味処なんて気持ち悪いぜ)
彼は席につくと、彼女の目を見つめはっきりと自分の意志を告げた。
「九州男児を」
店内にいた全ての人々の視線が彼に集まった。
雷が見えた。
「お客様……、その」
店員もなんて言っていいのかわからない様子だった。
しかし英輔は
「大丈夫です」
そういってにこやかに笑った。
その様子におされて、店員は
「しょ、少々お待ちください」
そう言って引っ込む。
彼が視線を前に向けなおすと、店内の人々は慌てて彼から目をそらした。


「お待たせいたしました」
微妙に声の震えた店員が持ってきたのは金魚鉢だった。
表面を餡子とアイスクリームと生クリームで覆われている。
「ごゆっくりどうぞ」
そういって店員はこちらにちらちら視線をやりながらさがる。
彼はその金魚鉢にざばっと黒蜜を注ぎ込んだ
(ちょっとテーブルにはねた、勿体無い)
店内に再び動揺が走る。
ちらちらと彼のことを伺っていた客達は、完璧に彼のことを見ていた。
英輔はそれにかすかな優越感を感じながら、思いっきり口にいれた。
口の中に広がる甘味(それはもう芸術的な程の。芸術は爆発だ)に
彼はうっとりと目を閉じた。


「お会計3000円になります」
「ごちそうさま」
彼は小豆の一つ残すことなくそれを平らげるとにこやかに笑って店を出て行った。
店員がじっとドアを見つめていたことを、彼は知らない。
店員だけではなく、客全部が。
そんなこと知らずに彼は、今回のあんみつはなかなか美味しかったと思っていた。
3000円の価値はあっただろう。


彼は今度はその足で埼玉に向かった。
彩果の宝石というゼリーが人気らしいと聞いて。
ゼリーならば甘さはあまり期待できないかもしれないが。

(ちなみに、彼は仲間内では「あいつは味音痴だから」で一致していた。
グルメというよりも甘いものが好きなだけの)

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送